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2013年1月 4日 (金)

喪われた「芝・増上寺」の面影。(埼玉・狭山不動尊)

徳川将軍家の「菩提寺」として江戸時代に隆盛を極めた 東京・芝の増上寺ですが、明治維新直後の”廃仏毀釈”や 第二次大戦中の戦災の影響で その規模が大幅に縮小してしまった…という一連の歴史をご存知の方はどれだけいらっしゃるでしょうか。
増上寺に当時 幾つか存在した徳川将軍家霊廟の中でも最大の規模を誇ったのが、二代将軍 徳川秀忠の「台徳院(たいとくいん)」。
現在も残る 徳川家康の「日光東照宮」に勝るとも劣らぬ規模と豪華さを誇り、戦前まで東京の「観光名所」として親しまれてきましたが、1945年の春に起こった「東京大空襲」の際に 主要な伽藍を焼失。
戦後も復興される事無く、敷地は西武グループに売却された後に 現在「ザ・プリンスパークタワー東京」となっています。
その旧台徳院の中でも焼け残った建築物が、現在も芝に残る「惣門」を含めて幾つかありまして、それらは全て埼玉県所沢市にある「狭山不動寺(狭山不動尊)」に移築され現存しているのです。
何故に所沢?…というと、この寺院が 旧台徳院の敷地を買い取った西武グループの元オーナー・堤義明氏によって建立されたからで、これらは全て増上寺の手を離れ、個人の所有(すなわち、堤一族)となっているとの事。
この事実を知ったのは恥ずかしながら(?)つい最近で、見に行く機会をずっと伺っていたのですが、新年のお墓参りのついでに寄ることが叶いました。
ちなみにこの「狭山不動寺」、西武ライオンズが必勝祈願を毎年行うお寺として表向きは有名ですが、こういう戦災を奇跡的に逃れて移築された貴重な文化財が残る”博物館”としても是非見て頂けたら…と思います。

(一番左):   狭山不動寺の入口。 左に見えている特徴的な玉垣は、台徳院の奥院覆屋を囲っていた物。
(左二番目): 台徳院勅額門。
(左三番目): 台徳院御成門。
(左四番目): 台徳院御成門。 反対側から覗くと、天井の天人像を眺めることができる。
(左五番目): 増上寺 石灯籠。 「増上寺 寛永XX年...」の文字が確認できる。
(一番右):   崇源院丁子門。台徳院と崇源院(江姫の霊廟)を繋ぐ通用門だった。

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