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2012年6月19日 (火)

辛うじて残った、”玉電”の忘れ形見”(@大勝庵・玉電と郷土の資料館)

現在 地下鉄道として営業している東急田園都市線の二子玉川~渋谷間、40年ほど前までは「玉川線」という路面電車として 現在の国道246号線の上を走っていた事をご存知の方は案外少ないのではないかと思います。
この路面電車、高度経済成長期以降の都市開発進行の煽りを受けて、全区間専用軌道だった三軒茶屋~下高井戸間を除き廃止されてしまうのですが、一部の車輌は 存続された区間である 現在の東急世田谷線に残り、幾度の更新改造を受けながらも およそ10年程前まで現役で働き続けていました。
現行の車輌(デハ300系)に台車や一部機器を供出するという名目でその後 全車引退してしまうのですが、特徴的だった緑塗装に木工ニス塗りの貴重で重厚な車体は、残念な事に一両も保存されること無く解体。
手元には、数枚の不鮮明な写真と幾つかの”思い出”が残るのみとなってしまいました。
所が、既に無いと思われていた旧型車の運転台の一部が二子玉川駅近くの場所に残っているというではありませんか。
折角なので、通院帰りついでに訪れて見ることにしました。
二子玉川のランドマーク・「玉川高島屋SC」からほど近い、通りに面したビル。
当初、「大勝庵」という名前のお蕎麦屋さんだと聞いていたのですが…残念な事に、ここのご主人が身体を壊されたのをきっかけに昨年の6月営業を終了。その後、店舗の一角を改装し「玉電と郷土の資料館」として再出発されているとの事。
お蕎麦を食べながら”玉電の思い出”に浸れなくなってしまったのは残念ですが、今となっては貴重な保存品の数々。よくぞ残して頂けた、という感じです。
ここに残る 旧車両の運転台は「デハ70形」の71号車のもので、構体こそ無くなってはいたものの、ニス塗りの床に運転窓。路面電車に特徴的な手動加速式のマスコン。そして、数々の計器にスイッチ。
”生命”こそ最早宿りはしていないものの、あの懐かしい佇まいが綺麗な状態でそのまま残っていました。
現役だった当時を思い返しながら、何枚か写真を撮らせて頂いたのですが…この旧型車が東急で保存されなかった事が本当に残念でなりません。
西武や東武のように 歴史的に貴重な車輌を積極的に保存している鉄道会社さんもいる反面、東急は こういった観点が非常に希薄で、保存されれば 「電車とバスの博物館」のいい展示物になったと思うのですが…。
 
余談ですが、この「玉電と郷土の資料館」の裏手にあるタイル敷の歩道、玉川線の支線である「砧線」の廃線跡で、現在もその面影を色濃く残しています。
ここを訪れたついでに ちょっとした「廃線跡探訪」をしてみるのも面白いかも知れません。

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